こんにちは、ayaoです。
前回の記事に続き、「北杜2050・学びを語ろう・第2回」イベントレポートです!
前編では、教育現場で活躍される専門家が見る「これからの学び」の姿をお伝えしました。後編では、学びの場の当事者であり主役とも言える、小・中学生の子どもたちの意見をたくさん聴くことができましたので、その「生」の声をお届けします。
森のようちえんピッコロ:子どもの持つ「力」と、それを育む場とは?
八ヶ岳山中で活動する森のようちえんピッコロは、幼児教育家で代表の中島久美子氏をはじめとする複数の保育士と、子どもたちの保護者ですべての運営を行い、「子どもを信じて待つ保育」というフレーズに表されるように、3−5歳の子どもたちが「自分で考え、自分で行動」し、保育士と保護者が子どもの自らの育ちに寄り添う(指導・指示はしない)保育を行っています。
そんな中で育つ子どもは、どのような小学生・中学生になっていくのでしょうか?
中島氏が卒園生のエピソード・声をいくつか話してくれましたので、その中から少し、ご紹介します。
ー考え、判断し、行動する力。自分を、社会を信じる力。
ピッコロの園児である少女が、とある私立小学校を受験することに。そこで、19人の受験生に対し、6人ずつのグループを作り、手を繋いで座るように、という試験官からの指示がありました。
つまり、単純に考えると、3つグループができ、誰か1人が残るという計算です。
他の2つのグループが6人ずつで手をつなぎ座り、彼女を含む6人も手をつないだところで、その彼女は一人残った子に呼びかけ、手をにぎり、その場に座ったそうです。
結局彼女は試験に合格したそうですが、試験管の指示とは異なる対応をとった彼女。中島氏も言うように「大人は少しドキドキ」とする展開ですよね。
彼女はその時どういう気持ちだったのかを知りたくて、中島氏は少女とこんな会話をしたそうです。
中島:「なんで7人目を入れたの?」(入れちゃったの?とは言いません。)
少女:「だって、せっかく体験入学で来たのに、(その子にとって)何にもならないでしょ。」− (中島氏)彼女は、6人組で座っていて、7人目の子のことを思っていた。
その子にとって何にもならないから、入れたと答えました。私はさらに確認したかったので、中島:「でもね、先生は6人っておっしゃったんじゃない?」
すると彼女は、私の顔をしっかり見て、すごい眼差しで言ったのです。
少女:「大丈夫。7人目を入れても大丈夫。」− (中島氏)その時のことを思い出すと今も鳥肌が立つんですが、この子は、社会のことを信じている、と思いました。さらに私は、ちょっとしつこいんですが(笑)、質問しました。
中島:「その時、怒られちゃったら(どうしよう)とは思わなかったの?」
少女:「そういうことはないと思うけど、もし怒られちゃったとしたら、先生がちょっとおかしいと思う。」ー中島氏スピーチより
先生が正しいとか彼女が正しいという話ではなく、そこから彼女の人を思いやる力、自分で判断する力、そして自己肯定感の高さ(自分や社会を信じているということ)を感じた、と中島氏は話します。
エピソードをもう一つ。
ー学びとは、何か?
ピッコロ卒園生のとある少女が小学校に入った際、生徒たちが校長先生に手紙を書きお願いごとができる、という機会があったそうです。
子どもたちは、「新しいサッカーボールが欲しい」など、ほしいものを書くことが多いそうなのですが、小学校3年生の彼女はこんなことを書いたそうです。
「校長先生、失敗させてください。
私は、森のようちえんピッコロで、火をつける時に、1時間くらいつかなくて、先生はあまり何も教えてくれませんでした。でも、その時にたくさん学びがあったので、校長先生、失敗させてください。」
この話を受け、中島氏はこう話します。
学びとは何かを、幼児もわかっているんですよね。
子どもは小さいとか未熟だと思ってしまうけど、(中略)未熟なところと、すごいところが共存している。
ー中島氏スピーチより
中島氏は、そんな子どもたちの見ている世界を自分も見たい!と願い、12年に渡り、森のようちえんで保育をしていると言います。
ー学校とは、教師の役割とは何か?
そしてもう一つ。スピーチ後の質疑応答が、この会のテーマである「これからの学びとは?」という問いのこたえ通じるように感じたので、ご紹介します。
質問者:ピッコロに行けば、全員が「失敗させてください」というような子どもになるわけではないと思うのですが、どのように心の切り替えをしているのですか?
中島氏:はい、もちろんです。私は、「失敗させてください」と言った彼女が、すごく良いとか思っているわけではないんです。彼女は彼女。(中略)
その子そのものになるのが一番いいかなと思っています。例えば、ずっと穴を掘ってるのが好きな子もいる。
その子そのものの存在が認められた時、もっとも光っているように見える。そこを保証していきたいなと思ってます。
ー中島氏スピーチより
教師の役割とは、なんだろう?と考えさせられる言葉ではないでしょうか?
少なくともピッコロでは、教師とは、子どもたちに「技術や情報を教える」人ではなく、子どもを一人の人間として受け止め、彼らの考えや個性を尊重し、共に生きる「仲間」であり、その環境を守るための人のように見えます。
そしてその結果、彼らが自分自身でも自分の存在を認め、自分の考えや意見を尊重し、それと同じ様に互いの存在を尊重する人になっていく姿が見える気がします。
八ヶ岳サドベリースクール:よい学びとは何か、を子どもたちが考えてみた
続いて登壇してくれたのは、八ヶ岳サドベリースクール(オルタナティブ・スクール)に通う生徒たち。サドベリースクールでは、生徒たちが主体的に学校運営を行い、彼らの学びをサポートする「スタッフ」の採用も、すべて生徒たちが考え、相談のもとに行なっているそうです。
彼らは、このイベントの第1回の話を聴き、自発的に「伝えたい」と自ら名乗りを上げ、この日参加してくれたそうです。
この時点でもうドキドキするような話ばかりですが、春休み中に彼らがソーシャルコミュニケーションツールを通じ、「学び」について意見を出し合ったという彼らの声をご紹介します。※()内は筆者による補足。
[問い]よい学びとは何か?
→ 何を学ぶか以前に、何がよい学びか自体を学ぶ本人が決めること[問い]どんな環境が必要か?
→ 社会に出る前に、社会と同じような環境を経験できる場があったらよい。
大人になればどんどん仕事をして、誰と関わっていくかを自分たちで決めていく。子ども時代にも自分で決められる経験ができるとよい。→ 社会では必然的に他人とも関わり合って繋がっていくので、自分のことだけでなく学校(という社会)にとって必要なことを、関わる人たちと民主的に話し合い、社会を維持していく経験も必要。
[問い]生きる力とは?
→ 自分がどんな人間かを理解しそれに必要なことを学んでいくこと→ 他人や学校のことを自分のこととして考え、社会を構成する一員として責任を持って話し合い、問題解決をしていくことが、これからの社会を作っていく力となっていくのではないか。
−生徒 スピーチより
普段から、自分の意見をもつこと(考えること)と、問題解決のために対話することを実践している様子が伺えますね。
例えば、学校の「掃除」について話し合った際も、「なぜ掃除が必要なのか」から問い直し、「やらなかったらどうなるか」を想像し、意見を出し合った結果、みんなが納得した上で掃除に関するルールを決めたそうです。
自分たちで相談し納得して決めたことであり、目的や意義を理解していれば、より積極的に作業にも取り組めそうですね。
松田さん(12歳):小学生だって、自分で決めて活動し、達成感を味わいたい
最後の登壇者となった松田さんは、この春、地元の小学校を卒業したばかり。4月からは中学生となります。
そんな彼女は、友だちと触れ合う場としての学校は好きだったようですが、楽しくなかったところを「みんなが同調圧力で動いてしまうところ」と語りました。12歳の彼女は、具体的に、どのようなところを「同調圧力」と受け止めたのでしょう?※()内は筆者による補足。
・自分たちで(学校の)行事を決められず、先生たちが張り切ってしまう。例えば運動会なら、先生たちが “優勝しよう” と(勝手に)鼓舞し、いつの間にか(自分たちの)休み時間がその練習に使われてしまう。
・廊下を走らないための”廊下検挙隊” があって、「生徒が生徒を見張っている」ような状況になっている。
・わからないことがあっても質問しづらい環境になってしまっている。
自分の学生時代を思い出しても、簡単に想像できてしまう状況ですね。サドベリースクールとはかなりかけ離れた状況が見受けられます。
子どもたちは、大人に何を求めているのか?
松田さんの今後の目標は、「自分たちで考え、大人も子どもも共に協力して創造できる場を作っていく」ことだと言います。
自分たちで行事を決めたい。多数決で決めなくても、話し合った結果、何十個もの行事があってもよいのではないか?
先生たちと協力してそれらを実現する場を作りたい。
大人にはきっかけを作ってほしい。大人たちにはバネになってほしい(=サポートをしてほしい)。−松田さん スピーチより
松田さんが大人に求める「サポート」と、先にあった中島氏の子どものありのままの姿に寄り添う「教師」の姿勢には、通じるものがあるのではないでしょうか。
子どもたちは、身体は小さく、もちろん経験も比較的少ないため、未熟な部分はあるでしょう。しかし、自分でいろんなことを見て考え、やってみたい、失敗してもいいから学びたい、と考える「主体性」あふれるひとりの人間です。子どもたち、つまり人には、最初から主体性をもって学び自ら育つ力があるだと痛感させられます。
松田さんは春から中学生。地元の公立中学で、どんな活動をしどんなことを学んでいくのか、ぜひ続報が聞きたいですね!
いかがでしたでしょうか。
子どもたちの視点と可能性が見え、ワクワクすると同時に、学びの主体である生徒をどうサポートすべきなのか、大人の関わり方はどうあるべきなのか、という大きな問いを投げかけられているように思います。
「大人」と「子ども」という境界線を捨て、関わる人みんなで「学び」について考え、そのありたい姿を実現していく、そんな活動につなげられたらと、強く感じるイベントでした。
−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−☆−
これからの学びについて考えませんか?
base campusでは、日々、これからの学びや「ミライの学校」の姿について話し合っています。
全国の小中学校にお邪魔して、大人と小人が一緒に学びあう「プロジェクトラーニング」の導入支援や継続サポートも行なっています。
ぜひ、お問い合わせください!
0件のコメント